物怖じしない女だと思った。初めは。
淑やかとかたおやかとかいった言葉には程遠く、これがあの家の令嬢かと眉を顰めたくなるほど豪放磊落で無遠慮で。その上しっかり赤を纏っているだけあって戦闘能力も知識も機知も一流で、女のくせにという扱いを受けることを何より嫌った。とにかく気が強い。滅多なことでは泣かない上に、安易に命を擲つような真似をしてさえ戦況を奮わせ、一度言い出したらやり終えるまで人の手を煩わせることがない。絶対的な逆境にあってもまだ食らいつく。その姿勢は両家の子女に程遠く、どちらかと言うと自分にとっては苦手なタイプだと思っていた。


その想いが揺らいだのはニコルが死んだ時だ。はニコルを弟のように可愛がっていた。もピアノを弾いていたということだから、何かと通じる話があったのかもしれない。とにかく見ているこちらも何となく安堵してしまうような、まるで本当の姉弟のような睦まじさで、そうしてニコルと居る時のはいつもの矜持さえどこか薄らいで穏やかに見えた。だからこそ、彼がストライクに討たれたあの日のことは忘れられない。帰投の遅いの機体を引っ張るようにして連れ帰ったアスランが、彼女の肩を支えてコクピットを降りてきた。言い様のない程の怒りに身を震わせていたのも束の間、余りに憔悴しきって立つ場所さえどことも知れていない風のに目を見張った。彼女の双眸から止めどもなく涙が溢れ、その上彼女自身は全くそれを気に懸けないまま、空っぽな感情を浮かべた表情のまま佇んでいたのだ。端から見ても危うい状態だった。アスランに支えられていなければ、きっとすぐにでも倒れ込んでしまっていただろう。
滑稽なことに、それにも関わらずある感情が胸を襲った。胸を焦がすその感情が何かを見極めることは難しかった。嫉妬。後で名付けることが出来れば、ただそれだけの想いを、浅ましくも抱いた。

ニコルが死んでからまる一週間、は任務にも赴かず、定期的に行わなければならないパイロット自身の機体整備さえ怠って、部屋に閉じこもっていた。アスランが世話を焼き食事を手ずから運んでいっても、一時間ばかりして部屋から出てきた彼の手には殆ど手の付けられていないトレイがあるだけだった。初めこそあれだけ仲の良かった隊員の死と大目に見ていた隊長でさえ、割り切れと促した。ニコルの死を悼む気持は当然あった。けれど、だからこそ今はストライクを倒すことに全力を注ぐべきなのではないか。甘い、と表面では思いながら、馬鹿馬鹿しいほどを心配している自分に気付いた。の部屋に決まった時間に声を掛けるアスランまで目で追っていた。
焦れて部屋の戸を叩き、誰何にいらうことも忘れて開けろ、と一言。は押し黙ってロックを解除した。ピー、と耳慣れた音がやけに空々しかった。
部屋の中は惨憺たるものだった。割れた花瓶。一枚残らず破られた書類。足の折れたテーブル。解れた毛布。極彩色の画面を映し続けるモニタ。倒れたシェルフ。罅の入った照明。全て、彼女の感情を吸い込んだまま、時を止めていた。その中で彼女は座り込んでいた。剥き出しの膝が赤い。散らかった部屋から足場を見つけ出し、静かに歩み寄った。は虚ろな視線を擡げた。何も言わないまま、隈の出来た目元を隠すこともしないで、見上げた。言葉を失ったまま眉を顰め、乱暴に腕を取り立ち上がらせる。軋む関節に一つの反応も見せないでは従った。糸の切れた人形のようだった。
目が合った。常に意志の強い光を宿すその双眸が、ただの器官と成り果てていた。否、器官と呼ぶことさえ出来ない。何の感動も伝えないただの硝子玉だった。そして何か熱に浮かされたように身体の奥底で爆ぜて、掴んだ腕を更に寄せて無理に唇を奪った。最低の行為をした。その間でさえ、は何も言わなかったのだ。力の入らない口唇を割って舌で絡め取った。歯列をなぞり、呼吸を裂いて、深みを求める。どこか遠くでは理性が愚かだと理解していた。けれど、もう止まらなかった。それだけの想いから、を求めた。卑怯で愚劣なやり方で、そのまま手に入れてしまった。

指輪を左手の薬指に、素っ気ない風を装って嵌めてやった。ニコルの死から半年が過ぎていた。は何でもないように振る舞っていたが、ふとした弾みで見せる憂いの顔は隠しようのない事実だった。知らない間に艦の中では恋人同士だとみなされていた。恋人。キスはする。笑顔も貰う。指を絡める。身体を重ねる。それでも何か違うと思った。訳の分からない焦燥感と罪悪感だけがいつまでも澱のように沈んでいた。胸の奥に滴る鉛。蟠り。
欲しいものを手に入れて何が悪いと強がっていた。そしてそれ以上に、恐れていた。卑怯な遣り口でも、一旦手に入れたあの笑顔を守りたいと、愚かしくも誓った。








「…イザーク!敵艦隊、二時の方向!」
機械越しにの掠れた声が響いて、身を竦ませる。の機体が偵察に向かっていた。地球軍がこの付近に現れるという話は滅多に聞かなかった。の優秀さを見込んで、偵察という任務を軽く扱って、単機で出したことを心底恨んだ。普段ならそこまで気に懸けることはなかった筈だった。それなのに目を見張ったのは、悲鳴のようなの声が続いたからだ。
「………ネルソン級三隻!」
ドレイク級より大規模な艦だ。質が悪い。舌打ちをしてデュエルを発進させる。の通信が伝わっていたためか窘める声はない。寧ろ、すぐに艦隊を送らせる、と隊長が告げたくらいで、安堵と同時に恐怖の情が襲った。
「どうしてこんな場所に…!」
ディアッカも、アスランももう居ない。ヴェサリウスの戦力は現在、実質三人しか居ない。そのことに酷く焦った。速力を上げれば上げるほど、苛立ちが募る。
「とりあえず戻って来い。それから―」
「…無理」
「何?」
低く抑えたその声に眉を寄せた。言葉端が微かに震えている。
「今の位置じゃ、囲まれてる」
鼓動が高く鳴る。抑えたの様子からでさえ、状況が危ういものと伝わる。分かった、と軽く頷き前を見据える。
「…早く、来て」
汗と共に伝うようなか細い声。それが、駆り立てた。
「見つかっていないな?」
「…今のところは」
声を低く落とし、冷静に尋ねた。返った答えこそ沈着な声調だったものの、不安がっていることが分かる。レーダーを確認する。ちょうどデブリ帯が覆っている。うまく身をやり過ごすことも出来るだろう。少しだけ息を吐いた。

「すぐに行く。それまで、持ち堪えろよ」
は押し黙って、荒くなる呼吸を鎮めながら再度呟いた。早く来て。









プ ラ ス チ ッ ク

(偽物でもいい、永遠でいてほしい)





































































































































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